富山ビジネス情報

実業之富山のニュースサイト:県内企業の経営動向・業績・新商品などのニュースを発信しています。

南北経済協力の行方

東京富士大学経営学客員教授 石田 賢 


 2018年の朝鮮半島は、南北協調に向けて根本的な変化が起こる兆しを見せ、世界が注目した1年であった。オリンピックなどスポーツや芸術などの文化交流から一歩踏み込み、本格的な南北経済交流への期待が高まりつつある。
 転機を迎えたのは2017年5月、韓国に文在寅(ムン・ジェイン)大統領が就任し、北朝鮮に対話を呼びかけたことに始まる。文大統領が北朝鮮に平昌オリンピック(2018年2月)への参加を促し、スポーツを軸とした融和政策を推し進めた結果、金正恩(キム・ジョンウン)委員長もこれに応ずる姿勢に変化してきた。
 2018年4月と5月に板門店における南北首脳会談を皮切りに、6月にはシンガポールで初めての米朝首脳会談が開かれ、米国は北朝鮮の非核化に向けて核施設のリストの提出と核廃棄の行程表を求め、そして9月には3回目の南北首脳会談で「平壌共同宣言」合意書が交わされ、南北経済交流の拡大と協力が謳われた。
 こうした華々しい外交とは裏腹に韓国経済は沈滞感が漂う中、文在寅政権が前のめりになって推進している事業が、南北融和とその延長線上に北朝鮮を取り込む「北方ビジネス」である。
 韓国政府は、国連による対北朝鮮制裁の解除を経済協力の前提としているものの、北朝鮮へのインフラ投資、鉱物資源、消費者市場としての期待を膨らませ、今や過熱気味の言動を繰り返している。ここには北朝鮮の市場に中国東北3省、ロシアの沿海州まで含めれば、約2億人の人口を抱える巨大な単一市場への期待が込められている。

北方ビジネスにのめり込む韓国政府

 文在寅大統領が掲げている経済政策「Jノミクス」は、所得主導による成長、規制を緩和して新産業を育成する革新成長、財閥依存体質から脱却する公正経済の3つを軸にしている。文政権が掲げる「所得主導」による経済成長は、所得を引き上げることで需要を刺激し、成長の牽引力を引き出そうとする構想である。
 所得主導政策の目玉は、2018年度の最低賃金を16.4%引き上げ時給7,530ウオン、19年度は10.9%アップの8,350ウオン、加えて2018年7月1日より週68時間から週52時間勤務制(残業も含む)へと働き方改革にまで踏み込む内容である。
 一連の経済政策から1年半経つものの、韓国経済が活性化するような兆しは見当たらず、韓国銀行は、2018年7月に今年の経済成長率推定値を従来の3.0%から2.9%に引き下げ、2019年の予測値は2.7%へとさらに低下するとしている(図表1)。
 国民目線の親労働政策は、最低賃金の急激な引き上げ、非正社員の正社員転換などにより人件費の上昇を招き、企業家に雇用需要を減退させ、失業率上昇の主因になっている(図表2)。韓国企業は高い賃金から逃れるため、工場の海外移転への動きを強め、ベトナム、中国、米国、日本、インドなどで現地雇用を増やしている。
 韓国の産業を俯瞰すると、成長を牽引してきた自動車、鉄鋼、造船、石油化学なども沈滞する局面を迎え、生産・輸出で唯一活力をもたらしてきた半導体も価格下落傾向から、今や危機論がささやかれ始めている。
 こうした中でも「北方ビジネス」に対する韓国政府の考えは、国連による対北朝鮮制裁の解除を経済協力の前提としているものの、北朝鮮へのインフラ投資、鉱物資源の開発、消費市場としての期待を高らかに謳うばかりである。
 韓国財界も政府の意向に表面的には従う姿勢を貫いている。2018年9月の平壌(ピョンヤン)首脳会談特別随行団には、韓国から韓国経営者総協会の孫京植(ソン・ギョンシク)会長、SKグループの崔泰源(チェ・テウォン)会長、サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長、大韓商工会議所の朴容晩(パク・ヨンマン)会頭、LGグループの具光謨(ク・グァンモ)会長など、政・財界の大物53人が参加した。 

f:id:toyama-keizai:20181130154611p:plain
f:id:toyama-keizai:20181130154622p:plain

北朝鮮の深刻なインフラ不足

 北朝鮮のインフラ整備については、各機関がさまざまな費用推計をしているが、いずれにしてもこれには天文学的な資金が必要となる。
 現地報道の中からいくつか列挙すると、韓国金融委員会は、2014年の「統一金融報告書」で北朝鮮インフラ開発に鉄道(773億ドル)と道路(374億ドル)で合計1,400億ドル、韓国交通研究院は、北朝鮮の鉄道網近代化に最大30年160兆ウオン、韓国建設産業研究院は、北朝鮮経済特区開発、エネルギー教育などインフラ投資に年間27兆ウオン、10年間に270兆ウオン、などと推計している。
 北朝鮮のインフラは、鉄道、道路、港湾、電力のどれをとっても劣悪な状態にある。
 まず鉄道から見ていくと、北朝鮮の鉄道網は総延長5,304km、主要路線は4本に過ぎず、基本的に単線となっており、全長のわずか2.9%しか複線化は実現していない。
 北朝鮮の道路も総延長は2万6,170kmであるが、韓国と比較して4分の1水準にとどまる。高速道路も平壌-開城(1992年竣工)、平壌-元山(1978年竣工)、平壌-香山観光道路(1995年竣工)などに限られ、総延長は729kmである(図表3)。これを国際標準の規格で整備するとなれば、1㎞当たり19.1億円(米国基準)とすると、既存の高速道路729㎞だけでも1兆3,924億円の整備費がかかる。

     f:id:toyama-keizai:20181130154638p:plain

 港湾施設も脆弱であり、韓国産業銀行が推計した北朝鮮の総荷役能力は2016年末基準4,157万tにすぎず、韓国11億4,000万tのわずか3.6%水準である。北朝鮮保有している船舶トン数も、韓国の4,460万 G/T(総トン数)に対して93万 G/Tと2.1%にとどまる。
 とくに西海に面した北朝鮮最大の貿易港・南浦(ナンポ)などの港湾では、干満差が大きく水深が浅いうえに、大同江(テドンガン)からの土砂が堆積しやすく、国際港とするには、浚渫から始めなければならない。
 日本海側の羅津(ラジン)、先峰(ソンボン)、清津(チョンジン)も埠頭面積が狭いうえ老朽化が激しく、日・韓・中と物流ネットワークを構築するには大きな障害である。なお羅津は3つの埠頭を持つものの、1号埠頭が中国企業、2号埠頭がスイス、3号埠頭がロシアに10~50年間の使用権が与えられている。
 さらに電力は致命的な状況にある。北朝鮮の電圧は、地域内では、3.3、6.6、11、22kVと複雑であり、地域間を融通するにも220・110KVと統一されていない。規格が標準化されなければ、送配電網の連結は不可能である。送配電網が整備された後、老朽化している発電所《北倉(プクチャン)火力発電所平壌(ピョンヤン)火力発電所、清川江(チョンチョンガン)火力発電所》などの近代化が必要である。
 また天然ガスについては、韓国ガス公社によると、工事は極東シベリアのガス田から採掘される天然ガスを、陸上配管を通じて、北朝鮮を経て韓国に供給する「南北露天然ガス事業団韓露PNG(パイプライン天然ガス)共同研究」のための実務準備に着手した段階である(図表4)。やはり実現までには相当の期間を要する。
 結論から言えば、北朝鮮のインフラ整備は、莫大な資金と長期的な計画を必要とすることから、まずは短期的かつ可能性の高い事業の実行により、北朝鮮に外貨をもたらすプロジェクトが火急の案件として浮上する。

    f:id:toyama-keizai:20181130154646p:plain

開城と金剛山が目先の資金源

 北朝鮮が本格的に改革開放へと動き出すかどうか重要な試金石は、金剛山(クムガンサン)観光と開城(ケソン)工業団地の再開がいつ実現するかである。これら2つのプロジェクトは、ある程度インフラが整い韓国企業も経験済みであることから、北緒戦にとって重要な外貨獲得源となる。
 北方ビジネスは財閥の中でも現代グループの動向が注目される。現代財閥の創業者・故・鄭周永(チョン・ジュヨン)氏が北朝鮮出身者であることはあまりに有名であり、北方ビジネスの展開は、現代グループにとって故・鄭周永名誉会長と故・鄭夢憲(チョン・モンホン)会長の遺志を継ぐことに他ならない。
 現代グループは2018年5月、南北経済協力タスクフォース(TF)チームを編成し、毎週会議を開いて現代グループ企業間の情報共有に努め、北朝鮮における事業再開に向けて検討を重ねている。
 現代グループ北朝鮮事業は、1998年11月に金剛山(クムガンサン)観光から始まった。しかし金剛山観光は2008年7月の観光客襲撃事件を発端に2014年から現在までストップしている。
 2018年11月が金剛山観光を開始してから20周年記念の節目に当たることから、韓国統一部から現代峨山(ヒョンデアサン/北朝鮮事業を担当する現代グループ企業)は訪北の承認を受け、北朝鮮・朝鮮アジア太平洋平和委員会(朝鮮労働党の外郭団体)と共同で、2018年11月18~19日に観光20周年南北共同行事が行われた。
 政界関係者を含む北朝鮮訪問団の規模は107人(うち現代グループ役職員30人)であった。一方の北朝鮮側からはアジア太平洋平和委員会と金剛山特区関係者など80人が参加した。
 なお現代グループ北朝鮮における電力、通信、鉄道、通川(トンチョン)飛行場、臨津江(イムジンガン)ダム、金剛山(クムガンサン)水資源、名勝地観光-白頭山(ペクトゥサン)観光など7つの社会間接資本(SOC)に対して、2030年までの独占事業権を保有している。このため、韓国財閥の中でも現代グループの具体的な動きが、北方ビジネスの成否を占う先行指標である。

経済協力の前提は統計整備

 韓国政府の言動とマスコミの報道は連日、北方ビジネスの可能性に沸き立っているが、過去を振り返る必要がある。
 1998年に金大中大統領の新政権発足後10年間、南北経済協力が活発な時期があった。この間サムスン(電話機の生産)、現代、大宇など財閥企業が北朝鮮と合作または合弁形態で工場を稼働したが、わずか数年で頓挫した。鉄鋼メーカー・ポスコ北朝鮮の石炭開発に乗り出したが、道路・鉄道・港湾などすべてのインフラ不足で、北朝鮮南浦(ナムポ)港から韓国の光陽(クァンヤン)港までの輸送に15日かかり、すぐに中断に追い込まれた。韓国企業の南北経済協力は、政府の圧力に逆らえず、これに準備不足も加わって失敗した苦い経験でしかない。
 こうした過去の失敗を払拭するには、まず北朝鮮の法整備(投資・税制・労働等)と併せて、正確な統計資料の整備が欠かせない。韓国銀行などの推定にとどまっている北朝鮮GDPはじめ、北朝鮮自身が正確な統計資料を揃えることが、経済協力の大前提である。
 北朝鮮の統計資料が整備されたた後、国際通貨基金(IMF)、世界銀行(WB)、アジア開発銀行(ADB)、アジアインフラ投資銀行(AIIB)などの国際金融機関に北朝鮮が加入し承認を受けて後、案件ごとに事業評価が行われ、融資可否審査などの段階を踏まなければならない。

南北経済協力に山積する課題

 北朝鮮が国際金融機関に加盟できたとしても、乗り越えなければならない課題は山積している。
 第一に、国連安保理の制裁解除は、検証可能、不可逆的な非核化(CVID)が現実とならない限りあり得ない。国連安保理は2017年8月、北朝鮮との合作事業の新設・拡大を禁止する制裁案を決議し、同年9月と12月には北朝鮮への石油類の輸出を制限し、北朝鮮人労働者のビザ更新も禁止している。
 第二に、韓国政府は北朝鮮に対して鉄道・道路建設資材などこれまでに総額3兆5,000億㌆(約3,500億円)を借款形式で提供したが、2010年以降、北朝鮮はほかの協力事業とともに中断し未償還状態のままである。
 第三に、2016年2月に開城(ケソン)工業団地が突然閉鎖された前例から、韓国が北朝鮮との共同事業に安全性が確保できるかどうかである。
 これらの課題をクリアしインフラ整備に着手したとしても、そこから民間投資が本格化するまでには最低10年の時間がかかるとみなければならない。
しかも南北経済協力が、順調に拡大していくとは考えにくく、長期間にわたる紆余曲折を覚悟する必要がある。
北朝鮮は、大陸勢力と海洋勢力の緩衝地帯であるという立場を利用し、米中露を天秤にかけて漁夫の利を得てきた歴史を持つ。北朝鮮が問題解決にいつも大国を巻き込んできた過去を顧みると、今後の経済協力が軌道に乗るまでには、北朝鮮の手ごわい交渉術を予め覚悟しなければならないだろう。